天象柄に憧れる
着物や帯にする図柄は限りなくありますが、今回はその中でもロマン溢れる天象を扱った図柄について述べてみましょう。
草木、花、山、水、動物、などが作り出す景色は全てが地上にあるもので地についたものであると言えますが、天象とは言ってみれば空に関する事柄で、太陽、月、星などに見られる天体現象や空模様のことを指します。当然、雲、雷、霞、霧、虹、空から降る雨や雪も含まれます。
つまり、宇宙の天変を目で見たり、音でとらえたりして、人が感じたことを図柄として表したもの全てが天象模様なのです。古来から東西の古典柄にも数多く存在してきました。
稲妻飛雲
三つ雲巴
日本と西欧における天象の捉え方の違い
「太陽、月、星について」
これは私が思うことなのですが、たとえば月と星について考えると東洋と西洋で少し捉え方が違うような気がします。まず、日本では月についてはとてもロマンある考え方をしています。
かぐや姫の話にもあるように月に対する神秘性は多くの書物にも書かれています。
また詩歌にも度々月は取り上げられて人々が月の満ち欠けに寄せて思いを託したりする美しい象徴として、日常の生活のなかに根を下ろし、事あるごとに文学や歌にも詠まれ表現される対象になっています。
それに引き替え、西洋では月は不気味なものとして満月に現れる狼男や、不吉な前兆、月明かりは狂気の象徴として、あまり憧れの対象とはなっていないようです。また、ラテン語でルナとは月の意味。英語でルナティックとは気が狂ったという意味を示しますね。
そして星となるとその逆となります。西欧では星には憧れて願いをかけたり、ギリシャやローマ神話に見られるような美しい星座の世界を築いたりとてもロマンチックな世界が広がります。
当工房作品より
日本では星については美しくてロマンをかきたてる対象よりも流れ星は良からぬ前兆として考えたり、星そのものについては美しく讃える詩歌が西洋より少なく思えるのは私だけでしょうか。ひとつの例ですが家紋を見ると星に因む紋はそれほど多くはないのです。そして星の形はよくある五方にギザギザとしている形ではなくて、ただ丸い形として表されています。
一般に星の形を表す現在の図形は西洋から来た図形ではないかと思うのです。アメリカの国旗である星条旗が最もわかりやすいでしょう。五方に鋭角に突き出た形はおそらく星の輝きや光を表しています。
アメリカ星条旗
イスラエル六芒星旗(ダビテの星)
このように同じ地球から見上げているのに、月と星を考えただけでも見え方やイメージが異なるのは面白いと感じます。
文化の違い、宗教観による捉え方の違いから絵画や意匠にも様々な影響を及ぼしています。日本と西洋では月と星についての捉え方が何故違うのか、文学やデザイン、強いては世界観も異なるのはどうしてなのかと私なりに考えた次第です。
そして、太陽は世界中で様々にデザインされています。こちらも多くの国の国旗に描かれます。最もシンプルなのは日本の国旗ですね。そして太陽や日輪について言えば東西の考え方はそれほど変わりません。やはり太陽は世界中を照らし全人類に恩恵をもたらす偉大な存在としてあがめられてきたからでしょう。
「雨、雪、霞、霧、雲について」
これらも良くデザインに表されます。なんと言っても日本の意匠デザインには昔から絵画でよく見られるように、霞や雲が必ずと言っても良いほど描かれていて、欠くべからざる対象になっています。それらは着物の柄にも多く表現されています。
おそらく高温多湿でウェットな日本の気象がもたらす現象が影響しているのではないでしょうか。山紫水明に代表されるように日本の四季ははっきりしている中にも季節毎に移り変わる気象が我々にもたらす感性を敏感にさせ、様々な絵画、文学、詩歌の中で表すことに長けた民族にしたと思います。
余談になりますが、外国から帰国すると飛行機が日本の国土に近づく時に感じる事があります。日本はなんてウェットな国なのだろうと思う事です。
島国ですから四方に海があり、山々に水が溢れて緑濃く、雲や霧に覆われて息づいている国土という感じがして、それだけで瑞々しい国と思うのですが、諸外国のカラッとした空気感とは全く違います。
それ故に色彩はビビットではなく何か濡れているような湿気を含んだ色を感じさせるのです。特に中間色や淡い色は繊細な美しさで迫ってきます。
また、色彩の明度が全く違います。突き抜けるほどの鮮やかな色彩ではありません。
昔の絵巻物は必ずと言っていいほどに霞や雲が描かれているのは誰もが目にしたと思いますが、昔から人々には日常的に霞やたなびく雲や霧が形として見えていたのではないでしょうか。
現在でも大きく変わらない日本の気象ではあるのですが、電気や灯りのない時代には人々は天象をより強く感じていたのでしょう。
天象がデザイン化され多くの図柄となり、織物や染物にも数多く取り入れられ、日本人の情緒的な美意識に繋がっていきました。
多種多様な気象が、雲の形や空の景色に多くの名前を付けたり、心を寄せたりしながら表現され、現在の着物の柄にも受け継がれていくことになりました。
雨の降り方の形容や、雪の音や、雲の形、空の色など、刻々と変わる自然現象の中で暮らしが営まれ、時には自然の猛威に恐れ、畏敬の念を抱きながらも洗練されたデザインや衣装に取り入れて来た祖先の知恵はたいしたものです。
変わり富士霞
月に霞
雪輪覗き瓜唐花
四つ雷菱
終わりに
古今東西、数々に産み出された天象模様。空や大気を感じさせる模様もまた数多くあります。刻々と変わる天象の美しさを取り込んで、時に空や宇宙と一体となって着こなしを楽しんでみるのはいかがでしょうか。天象はスケールが大きくロマン溢れる図柄だと私は長いこと憧れております。
かつて、高速道路を走っている時に、重なり合う雲の切れ間から降りる光の現象が見られました。西洋では「天使のはしご」と言うのだそうですが本当にそうだと思いました。この「天使のはしご」を題材にして帯を創ったこともありました。
天象や宇宙は限りないイマジネーションを我々に与えてくれます。千変万化に変わり行く天象文様を瞬時に捉えて形に表した先人には敬服いたします。
今回は天象に関するデザインのほんの一部をレクチャーの中でもお見せしましたが、お持ちの着物の柄のどこかにも、天象模様がさりげなく表現されてないか探してみるのも面白いかもしれませんね。ぜひ興味を持って探して見て下さい。