家紋が言えますか?
少し、堅苦しい話となりますが家紋についての私の考えを述べてみましょう。
例えば、紋付きの着物を作る必要があるとします。それは無地であったり喪服や黒留袖であったり、訪問着や付下げであるかもしれません。(喪服や黒留袖では紋が入るのは当たり前ですからここでは除いておきます。)
どなたにも、ご自分の家の家紋が必ずあるはずですが、着物を誂えたりお墓を建立しないかぎり、日常では家紋について考える機会はありません。
ここでは家紋の種類や形についてより、家紋をつける場合にどう考えればよいのかに重きをおいてみることにします。
紋の効用
紋はどうして付けるのでしょうか?かつて、着物で毎日過ごしていた時代、武士の裃にも町人の着物にも家紋を付けた着物姿は今より普通に在りました。少しでも改まる時には必ず紋付です。
式と名の付く場合、おめでたい折々、お芝居見物にまで、生活に変化を伴う時、けじめとして紋の付いた着物や羽織は必需品だったことでしょう。庶民も紋付の羽織さえひっかければそんな場に事足りたのです。
つまり、家紋を付けるということは、「私は何々家の者です」という責任を示すと同時に、着ている本人が式や儀式に対して、誠実さ、覚悟、けじめを表すためなのです。
紋の付いた着物を、どういう時に着るかについては祭事や儀式を主催する側であったり、招かれる側であったりします。服にはそういうことはありませんから、綿々と続いた着物を着る生活の中での習慣でしょう。
家紋は日本人であればどんな家にも存在しています。外国にも位の高い王家や貴族に紋章がありますが、日本のように全国隅々までどの家にも家紋があるというのは大変なことと思います。
紋帳には限りない数の紋が載っています。そのデザイン化された紋には驚くばかりです。デザインの宝庫でもあります。機会があれば紋帳を眺めて下さい。なかなか面白く興味深いものがあります。
紋を付けた着物を着ると、より身体がしゃんとする感じがします。これは、紋を付けた着物の効用でしょう。
どんな着物であれ、その着物の格式を着ている人ごと高めるということでしょうか。
紋名はすらりと言えるように
ところでご自分の家紋を即答できますか?着物を作り、さて家紋は何ですかと聞く段になると、この頃は即答して下さる方が少ないのです。
自信なさげに「こんな形だったかしら」とおっしゃる方も多く、その紋に丸があったかなかったに至ってはどっちだったか分からないとも、実家の紋と婚家先の紋の区別もあやふやということも多いのです。
年々、紋についてはいい加減な感じになっていくのは否めません。そこで提案です。親として娘や息子に「我が家の紋はこれです」と正しい呼び方を教えて、形だけは伝えて欲しいと思います。若いうちに家紋が分かっていれば、その後結婚されてもお互いに分からないまま、あやふやになることはないでしょう。
紋名を正しく知っていることは年齢や性別に関係ないようです。ご自分の家の家紋に親しみを覚えていらっしゃるかどうか、ということなのです。
特にお若い方が自分の家の紋名をすらりとお答え下さると嬉しくなります。ご家庭で家紋の話が一度でもなされたことが推測されるからです。是非とも紋名を聞かれたら言えるように願いたいものです。
紋を付けるか悩むとき
着物を作るときに紋を付けようかどうか悩む時の場合です。紋を入れれば、着物がちょっと大げさになって着用しにくくなるかな、と考えられるからです。
又、その反対にお祝い事や集まりにはやはり紋のある方が望ましい気もするし、立派に見えるかなと思います。迷う時は、着ていく用途に合わせて考えてみましょう。
紋を入れるかどうかは、よく質問されることなのですが一律にお答えすることはできません。なぜなら、各自のお手持ちの着物の種類と数、どういう場面で着物を着るのか、人により様々ですから最終的には自分で決めることなのです。もちろんアドバイスすることはできます。
それから染め抜き紋にするか、縫い紋にするか決めかねることもあります。 抜き紋の方がより正装となり縫い紋より格も高くなります。刺繍のある縫い紋は遊び感覚のものを除けば柔らかい感じを与えるのでやや控えめに紋を付ける場合に用いられます。
茶道の方々はお茶会に合わせて、ご自分の立場で両方使い分けられています。
他に舞台上の着物にも、大体紋が付いています。習い事で着物を使われる場合には紋を必要とする場合が多いのです。
一家に紋が二つある
普通は一家に紋は一つなのですが、家によりましては男紋と女紋と分けている場合もあります。いろいろな理由があるのでしょうが、男紋は形が固いので、女紋を別に決めている場合とか、代々、女紋は実家からの紋を引き継いでいるという家も多いのです。
婚家先の紋を付ける方、また、ご実家の紋にこだわりそのまま実家の紋を付け、いつか婚家先の女紋として定着していくこともあるでしょう。
以前は紋についてのトラブルもよくありましたが、この頃はあまりうるさく言う方も少なくなりました。実家の紋と婚家先の紋と半々くらいに付ける方が多いようです。
紋名を聞かれてどうしようかとその場で紋帳を見て、家紋にちなんだもので気に入る紋に決めてしまう方もあります。趣味の習い事の着物にはご自分だけの紋を付ける方もいます。紋を付けた方が良い場を考えてのことですから、それはそれで、良いのではないでしょうか。しかし、一家に伝わる家紋は大事に覚えておいて頂きたいものです。
それから紋帳に載っていない家紋の場合は、着物を作る度に面倒なものです。紋屋さんに型を起こしてもらい、その型紙のコピーさえもっていれば便利です。元をなくさないように保存しておかれるのがよいでしょう。
いずれにしても、紋名を正しく伝えられなければ、紋屋さんが困りますし、簡単に書き直すことは出来ないのです。
最後に私が紋付を着た場合に感じる気持ちをお伝えするとすれば、背筋が伸びて凛とした気分になる、ということです。
紋を付けた着物を着るということは自分のためだけでなく相手の方に対して改まって礼を尽くすということですから、紋付の方がふさわしいという席では出来るだけそのようにします。そして紋のない紬や小紋はその他の軽い外出に着ておおいに楽しむということです。