光と風のキモノ
光と風のキモノと称するのはどんな着物の事でしょう。この着物に憧れ、一度は袖を通してみたいと思う方々がいらっしゃいます。かなりの着物好きな方でもお持ちの方は少ないようです。
さて、今回はそんな光と風のキモノ、紗袷わせについてお話してみましょう。
紗袷わせの説明
紗袷わせとは、無双の着物とも言うように、二反の同じ生地を、重ねて着ているように見える着物のことです。
つまり、一反には柄を描きもう一反は無地に染め、柄の方を下に、無地の方をその上に重ねて仕立てた形にするのです。
それによって、下の柄を上の無地の紗から透かせて見せ、生地と生地のふれあうモアレ(動きに伴って木目や波丈模様に流動する効果が見えること)を楽しむものです。
下の着物だけを絽にして、上だけを紗にする場合もありますが、総じて紗合わせと呼んでいます。ただ下を絽にした場合は柄は描きやすいのですが、着ると少々暑くて軽やかさには欠けるかもかもしれません。
私の考えでは、二枚とも同反の六丈物の紗で作った方が、モアレが綺麗に出て涼しそうに見えると思います。
着る時期について
紗袷わせは着る季(とき)が短くて贅沢と考えられているようですが、ある程度着こなされて着物の数もある方でしたら、いつか紗合わせを着てみたいものです。
着る時期ですが5月に入り初夏の日差しの頃より地域によっては6月いっぱいと言うところでしょうか。
中にはもったいないし9月も再び着ても良いという意見もあるのですが、私はきっぱりと盛夏前だけに着て、9月は単衣にすべきと思っています。9月は初秋です、いつまでも薄物系は引きずらない方がよいと考えます。
柄も市販の物は無難に秋草が結構描かれているのですが、私は題材を初夏むきに限るようにしています。例えば、燕、夏の花、魚、水鳥、等々です。基本的に初夏の光と風を感じさせ動きのある柄を主体としています。
一応、5月いっぱいまでは袷(アワセ)を着るのが常識となっています。特にお茶の世界ではきっちり月末まで袷を着用のようです。
でも最近の気候はどうでしょうか。画一的に5月末までは袷です、などと言えますでしょうか。
袷で外出して汗だくになり帰宅した経験はありませんでしたか。この頃は夏を思わせる日もあれば、ひやひやとした日もあります。
ですから、5月の装いについてはもっとフレキシブルに考えてみればと私は考えます。
外出の日はその日の天気と自分の体感温度に合わせて着物を選ぶことです。袷を着るのであればせめて長襦袢は単衣のものを、着物は初夏に合う色気で、冬と同じ雰囲気ではどうかしら?と思います。
夏日であれば単衣の着物を活用したいものです。今は温暖化で年毎に暑くなりますから単衣は昔より早く着始めてもよいでしょう。
そして5月の着物として頂点にあるのは、やはり紗袷わせの着物です。これほど日本の初夏に美しく見える着物はないでしょう。
仕立て方について
仕立て方ですが一般的に二枚を重ねてしっかりと閉じてしまうのが殆どなのですが、随分前に、ある花柳界の長老の方から「これはおかしい、これでは単衣ではないか。紗合わせと言うからには二枚別々に着たように見えなければ風情がない」とのご指摘を頂いたことがあります。
もっともと思い、それ以後仕立て方を私なりに考え、紗合わせの魅力を引き出すことにしました。
袖口、衿、上前の妻、裾の上前部分だけは閉じることなく離してみました。これにより上前も、歩けば別々に動くので風も含み、モアレも美しく見え、袖口にも動きが出て衿は別々に重なるので、名前の通りの紗合わせになりました。
もちろん背縫い、脇縫い、下前の裾などは閉じてあるので着るのも難しくありません。現在、私の工房ではこの仕立て方にしています。
紗合わせを一度も仕立てたことがない仕立て屋さんもいる今、いつまでもこの着物が残っていくように願っています。
紗袷わせの着ごこちとは
ここで紗合わせをお召しになった方の感想がいくつか届いていますのでお伝えします。
「楽しいのは無地の上を通して、そこはかとなく揺れる下の着物の柄」
「これからの暑さに対する覚悟をしながら初夏のさわやかさを楽しむ一瞬の贅沢な時間」
「着心地はさらっとしながら身体にしっとりとなじむ冷たい生地の感触が最高」
とのことです。私も同感です。
紗袷わせを着る方は、ある程度いろいろな着物を着尽くした方が多いですが、若い方が着てはいけないという決まりがあるわけではありません。
すこし特殊な着物ですからこれをさりげなく着こなすには、やはり着物を長く着ていた年輪がものを言うかも知れません。
さりげなく軽やかにお洒落してさっそうと初夏の風を受けて歩くというのは究極の着物といわざるを得ないかもしれません。
そして日本の四季を楽しむ為、私達日本女性に与えられた最高の贅沢と思えてならないのです。この時ばかりは着物を着ながら良い歳を重ねたともしみじみと感じるのです。 皆さんも、ぜひとも紗袷わせに袖を通す機会を作ってみて下さい。